I.ENOMOTOデザイナー榎本郁也氏ロングインタビュー〈後編〉:デザインの立ち位置〜未来の技術と眼鏡のこれから
クラフトとインダストリアルのあいだで、I.ENOMOTOが目指すものとは。素材、構造、テクノロジー、そして眼鏡が人に与える影響にまで話は及び、ブランドの未来と哲学が浮かび上がります。
デザインの交差点
田代:それで言うと、眼鏡はインダストリアルデザインでもあるし、プロダクトデザインでもあるし、ファッション要素もあるし、工芸的な側面もあるし、いろんなジャンルの交差点に位置してるなと思うんですけど。榎本さん的には、どの分野を意識されていますか?
榎本:工場で作ってるから基本はインダストリアルなものだよね。ただ、たとえば本鼈甲とかになると、それはクラフトになる。材料に手を入れて、一個一個職人さんが作ってて、最小限の機械しか使わない。それがクラフトってもんだと思うし。大学でもそういうのは勉強してきたから、自分の中でもクラフトっていうのはそういう理解。クラフトってやっぱり1点ものになるよね。大量生産とかできないし、作れる数に限界がある。その分高価にもなるし、扱いもちょっと神経使うものになるしね。もちろん、そういうものに囲まれて暮らしてる人もいるけど、なかなかそうじゃない人のほうが多いわけで。だから、インダストリアルなものっていうのは、そういう人たちの生活の中にちゃんと入っていける存在として必要なわけ。
榎本:クラフトは特別なものとして大事だと思うけど、日常のなかで多くの人が使えるのはやっぱりインダストリアルなものだと思う。そういう意味で、I.ENOMOTOの中でも両方の要素があるんだよね。クラフトの良さを、なるべくこの価格帯でどう実現できるかっていうのはいつも意識してるところだよね。例えて言うなら合皮と本革みたいな話にも近いよね。本革って今は倫理的にも大量生産は難しかったりするし、それを選べる人も限られてる。でもそれを責めることじゃなくて、それぞれの暮らしに寄り添えるかどうか、自分たちが提供するものがどう生活に馴染むか、そこを考えていきたいと思ってる。
田代:その両方にちゃんと興味や好奇心があるっていうのも、I.ENOMOTOらしさにつながっているのかもと個人的に思います。
榎本:たとえばアセテートだって、もともとは鼈甲の肌触りを真似して作られたものだし。もともと動物の骨だったフレームが今は金属に置き換わってるわけで。素材の置き換えっていうのはずっと起きてることだよね。それがインダストリアルな考え方でもあると思うし。
今だったらチタンがその最新の置き換えの素材だと思う。これより可能性がある金属はまだ出てきてないけど、もしかしたら今後出てくるかもしれない。でも現状では日本のメーカーがチタンに関しては一番得意だと思ってるし、チタンは日本らしい素材になってきてるんじゃないかな。
田代:確かに、海外のお客様でもチタンフレーム=日本っていうイメージを持ってる方は多いですよね。
榎本:だから日本のブランドとしては、やっぱりチタンはもっとちゃんと使いこなしたいって気持ちはあるよ。もちろん海外のブランドで上手く使ってるところもあるけど、自分としてはその可能性をもっと引き出したいなっていう思いはある。
田代:誇り持ちたいですね。
榎本:そうだね。デニムとかもそうだよね。日本のデニムが一番いいって言われてるけど、それだけで世界一だとは限らないし。いろんな歴史とか背景があって成り立ってるものだから。メガネも同じで、素材と工場の質は日本がいいけど、それをどう活かすかっていうところはまだまだこれからだなって思ってる。だからそこには競争もあるし、環境としてはすごくいいと思うよ。ただ、いい環境がいいデザインに必ず繋がるとも限らないしね。そこはやっぱり自分で意識的にやっていかなきゃと思う。海外のブランド見てても、寸法の持ち方とか形の出し方にすごくシビアなものを感じることがあるし、そういうものにちゃんと近づきたいとも思ってる。でも、それだけじゃなくて、そこからまた違うものが作れたらいいなとも思うしね。
今はちょうどその途中って感じかな。10年、20年くらいの単位で見ていきたいなと思ってる。ブランド立ち上げてから20年後ぐらいに、ちゃんと「これがI.ENOMOTOだな」っていうものができてたらいいなって。
田代:どうなっていくんでしょうね。楽しみです。
榎本:わからないね。10年前にみんなが掛けてたメガネだって、今は掛けてないかもしれないし。ファッションの部分もあるし、医療的な側面もあるし、プロダクトとしての側面もあるし。そう簡単に整理できるものじゃないからこそ面白いとも思うよ。そういう中でどんなバランスを取っていけるかっていうのが大事だと思ってる。
だから、I.ENOMOTOではとにかくチタンとベータチタン、この2つの素材の可能性をもっともっと掘り出していきたいなっていうのは変わらずにあるね。
田代:それはブレないんですね。
榎本:ブレないね。他にインスピレーションがあるかって言われたら特別ないし、旅行に行ってどうこうっていうのもない。東京で普通に暮らしてる中から感じたものを大事にして作ってるし、特別なものじゃなくても、シンプルに美しいなと思えるラインが出せればそれでいいと思ってる。
田代:そこがI.ENOMOTOらしさですよね。
榎本:なるべくフラットにしておきたいなとは思ってる。そうすればどんな場所でも掛けてもらえるし、掛ける人の可能性を狭めないで済むから。バーに行っても、寿司屋に行っても、音楽を聴きに行っても、どんな場所にも合う。そういうものを目指してるよ。
田代:前回のブログの時も同じことをおっしゃってたんですけど、改めて今聞いても、変わらずそう思われてるんですね。
榎本:そうだね。物だけに突っ走っていってもいいと思うけど、自分は掛ける人とか社会の中でどう見られるかっていうのもちゃんと考えたいと思ってる。柄とか模様とか変わった形も面白いけど、誰かが考えたものをそのまま入れて満足するっていうんじゃなくて、やっぱり自分なりに考えたものを出したいなって思ってる。
デザインが人に与える影響
田代:以前から「デザインは人の行動や感情に影響を与える」と話されてますよね。具体的にどういう影響をイメージされていますか?
榎本:たとえば重たい眼鏡を掛けてた人が軽い眼鏡に替えたら、ちょっと身体が軽くなった気がして、今までより活動的になる。行かなかった場所にふらっと行ったり。デザインってそういうふうに人の行動やあり方を変えていく力があると思う。もちろん良い影響も悪い影響もあるけどね。たとえば上品なフレームを選ぶ人は自然と振る舞いにも影響するし。
榎本:I.ENOMOTO の眼鏡は軽いからスポーツでも使えるし、料理人が自分の理想通りの料理を仕上げるための眼鏡にもなる。医者やミュージシャンが仕事で使う時のツールでもある。直接手で使う道具じゃないけど、眼鏡がしっくりこないと集中できないし、そこがすごく大事なんだよね。
田代:そうですよね、デザインする側としても責任ありますよね。
榎本:あると思うよ。たとえばゴツい眼鏡を掛けてたらそれだけで大胆な印象になるし、逆に外国のブランドのものを掛けて違う感覚を味わうのもいいと思う。大事なのは選択肢を作ること。「こういうのもあるんだ」と思ってもらえるものをデザインしたい。他人の真似をひたすらやるんじゃなくて、自分たちが気持ちよく掛けられるもの、美しいと思えるもの、そこを大切にしたいんだよね。
田代:大好きですね、そういう考え方。
榎本:まあでも楽しくデザインするっていうこともすごく大事だと思ってるよ。眼鏡が主役になりすぎないってことも意識してる。あくまでその人をサポートする存在でありたいしね。
たまにメガネと自分の人格が一体化しちゃってて、外したら誰だかわからない、みたいなことあるけど(笑)。それくらい眼鏡って面白いアイテムだし、魅力があるから飽きない。デザインや技術は常に進化していくから、そこに追いついていきたいって思ってやってるんだよね。
未来の技術と眼鏡のこれから
田代:最後の質問なのですが、今後使ってみたい素材や構造、領域はありますか?
榎本:3Dプリンターかな。今までなかった構造が生まれてるし、チャレンジしてみたい領域。ただ今は表面的な形のバリエーションが主流で、それが必要かどうかはまだ見極めたいところだね。たとえばヨーロッパだと眼鏡を作る工場がなくなったから 3D プリンターを使うケースがある。でも幸いにも日本には素晴らしい工場がたくさんある。だから今は追求されていないけど必要になれば掘りたいと思ってる。
田代:3Dプリンターじゃないとできない何かの理由が出てくれば、使うこともありそうですね。
榎本:そうだね。たとえば工場で扱えない素材とか、シビアな理由がある時には選択肢になる。他業界だと航空や建築はそういう理由で使ってるけど、眼鏡はまだそこまでの役割ではない。今はチタンやアセテートで十分デザインできてる。でもいざというときのために選択肢としては持っておきたい。新しいものが生まれるのは「欠乏」からだからね。今はまだ材料が手に入るけど、将来的に作れなくなる可能性だってありうる。そのときに備えておくことは大事だと思う。
田代:でも人ってそういう状況にならないと、なかなか思考が回らなかったりしますよね。
榎本:そうなんだよ。でもやっぱり考えておくべきだよね。いざそうなった時に困らないように。10年後なんてほんとわからない。加速度がすごすぎて昔の10年と今の10年は全然違うし。でも眼鏡はきっとずっと眼鏡だと思う。あとは自分たちが知らないところでレンズの進歩もすごいからね。そういうところとリンクさせて考えていくのも大事だと思ってるよ。
田代:楽しみですね。
榎本:今はもう来年のデザインも進めてる。また新しいものが作れたらいいなって思ってる。
田代:楽しみにしてます。今日はありがとうございました。気づいたらもう1時間経っちゃってました(汗)。
榎本:いやいや、僕ばかり話しちゃった(笑)。
田代:榎本さんへの取材ですから、たくさん話していただかないと。またよろしくお願いいたします!
Text:Junichi Tashiro
Photo:Mai Nagao
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